宮本輝さんの著書 「にぎやかな天地」のあとがきより
『私たちは肉眼では見えないものに取り囲まれて生きている。
遠い宇宙のことも見えないが、わずか一ミリ四方でうごめく微生物たちも見えない。
そして、それらだけでなく、物事の生起と、変化のさまと、その変化によって
得られる未来もまた、私たちには不可視な領分として果てしなく続く。
大きな厄災が起こったとする。その時の悲嘆、絶望、憤怒、慟哭というものは
未来を断ち切ってしまうかに思われる。
だが、その大きな悲しみが、五年後、十年後、二十年後に、思いもよらない
幸福や人間的成長や福徳へと転換されていったとき、私たちは過去の不幸の意味について
改めて深く思いを傾けるであろう。
冷静な視力で過ぎ去った長い時間を見るならば、不幸が不幸のままで終わった
というようなことは少ないのだ。
~中略~
肉眼では見えないものの存在を信じ、時間と言うものの持つ力を信じなければ
昔ながらの伝統と技法を守って味噌や醤油や酒や酢や鰹節を造り続けることはできない。
化学の発達によって、さまざまな発酵菌は身近になったが、時間だけは短縮できないのだ。
発酵食品に限っても、いいものを造るためには時間がかかる。
それなのに、私たちは、失敗や挫折や厄災からあまりにも早急に抜け出そうとして
心を病んでいく。』
何度読み返しても毎回新しい気づきがある
宮本輝さんの著書。
このお話は日本の伝統的な発酵食品をテーマの中心として進んでいきます。
この本は2008年に刊行されているけれど、今の状況のことを反映して
語られているようなあとがきを読んで、また深く感じ入ったものです。
時間を短縮することばかりに囚われているやり方に、
そろそろ辟易してきました。
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